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Author:あっかん
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いじめられっ子だった小学校時代から喧嘩や格闘技に明け暮れ、プロボクサーにまでなりました。32歳で引退して今度はブレイクダンスとサーフィンに明け暮れているいつまでも大人になれない大人です!

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気分爽快!

おやじとの喧嘩は毎日のように続いていましたが、正直学校辞めてスッキリしました。根本的に高校に行きたくないというのと、働いてお金を稼ぎたいという気持ちもあったのでこれからの事を考えると楽しくなってきました。とは言うものの周りも1学期が終わり夏休みなので、僕もまだまだ遊びたく同級生の奴と毎日プールに行き遊んでいました。なんだかんだだべりながら夜遅くまでファミレスでたむろしてました。

ある時24時間営業のミスドで夜中友達とワイワイ話してたら、いちゃもん付けられました。相手は人数も多く、僕も直ぐ謝ったら良かったのですが、適当に流してたら殴りかかって来ました。やべ、と店員に助けを求めようと思い見たら、ビビってさっさと中に引き上げてました。相手は高3ぐらいやったので中学生みたいな奴に適当に言われたのがカチンときたのでしょう。とりあえず相手の周りの奴らに謝っとけと言われましたので謝って収まりました。僕の友達は真面目な友達やったのでビビリまくっていましたが、悪い事したなと思いました。


夏休みを思いっきり満喫したので僕は9月からバイト先を見つけようと思い探しました。たまたま姉貴が短期バイトの経験がある商店街の肉屋で働ける事になりました。肉の切り売りで今まで包丁とか握った事なかったのですが、面白かったですね。力も根性もありそうだったので朝から最後夜まで働かせてくれました。時給は750円ぐらいで安かったと思いますが、とにかく働けている事が嬉しかったです。

バイト先では不良のイメージは全く無かったのですが、何故かモテてました。夕方からバイトしにくる高1の女の子がいて、その子の友達が僕を見て良いと思ったのか告白され付き合いました。その子とは直ぐ終わったのですが、よく買いに来てくれる中学3年の子にも告白されました。その子とは気が合い毎日夜とかバイクに乗って遊んでいました。彼女は免許無いのですが、僕の原付をよく乗り回していました。

拳法部設立?

基本的に先生達は高校で何でもいいのでクラブに入部させようとしていました。外で悪さをさせないようにです。そしてクラスで2人ほど空手部に仮入部した奴を口説き落として拳法部に入ってくれると約束してくれました。その一人がこないだボコボコにした寸止め空手の奴ですが、何故か友達になり、またそいつの友達にも声を掛けてもらいなんとか1年だけで7,8人確保しました。

後はとにかく顧問になってくれる先生を探さなければなりません。担任を始め一人一人にお願いに行きましたら2人ほど考えてみると言っていただいた先生がいました。一人は以前空手部の顧問をされてて関西チャンピオンに育てた経験を持ち、日拳の経験もある先生です。もう一人は元暴走族の頭をやってて空手の経験もある先生です。

担任の先生もいろいろと動いてくれたようですが、結局既存の空手部との違いを明確に出せなかった事、防具の費用が高額になるその他もろもろで駄目でした。担任は『1年で諦めず、来年も申請したら許可出るかもしれん』と言ってくれましたが確実性は無く、来年認められても1年間は同好会であまり試合には出れないようです。


僕の選択枠は2つです。この高校に残って個人で試合に出て、出来るかどうか分からない拳法部設立の活動を続けるか、来年師匠のいる今工を受験し直すか。僕としては1年留年する形になっても今工に行く決心をしました。どう辞めるかを迷っている時に、丁度以前同じ高校の先輩に喧嘩を売ってやっつけた先輩が両親と学校に訴えに来ました。

この後はお決まりのコースが待ってて停学〜反省の個別指導〜個別授業〜テスト??さすが私立やなと思いましたが、僕は先生に『そんなん面倒やし何とでもやって。退学にしてくれたらええわ〜』と言いました。担任には今回拳法部が設立出来へんかったら辞めますと言ってたので、暴力沙汰が無くても辞めるなと思っていたのでしょう。自主退学扱いにしてくれました。

いろいろと協力していただいた先生には申し訳無いですが、とにかく自分の思った道にひたすら進もうと思いましたし、この高校ではとりあえず拳法部設立に頑張ったので悔いはありません。またより一層師匠の元に行き自分を修行したいなと思いました。

とにかく明日からバイト探しの日々が始まります!

修学旅行!

これ以上くだらない喧嘩をしたりしながらの高校生活も意味が無いと思い辞める決心をしました。そして1学期の新入生の最初の旅行ですが辞める決心をしていたので僕にとっては修学旅行のつもりで行きました。旅行事態は友達になった奴とワイワイ騒ぎながら、施設でバイトしてる大学生ぐらいのお姉さんをずっとナンパしてました。

夕食のバイキングを食べている時にユーミンの音楽が流れて来ました。姉の影響でユーミンはとても好きでしたし、流れているのは荒井由実の初期のアルバムの曲でした。初期の頃のアルバムは聞いた事無かったのですが、初期の頃もなかなか良いなと思いながら聞いていました。するとある歌詞の中の言葉にピンと来ました。『これや』と叫びました。そうなのです、卒業する時告白して振られた女の子の卒業アルバムに書かれていた言葉でした。その言葉がそのまま曲の題名になっていました。

その曲はとても癒される曲でいつまでも童心でいられるような曲です。そしてその曲を聞いて、とにかく俺は今何をしてんねやろと思いました。このまま辞めるにしてももっと何かにチャレンジしてから辞めようと思いました。そうや師匠も高校拳法部で活躍してんねんから俺もこの学校で拳法部を作ろうと決めました。

いつの間にか日拳に命を掛けていたり、運命を背負っていた事もすっかりあやふやになっていましたが、何故かこの曲でその時の気持ちを思い出させてくれました。旅行も行かず、直ぐに学校を辞めていたらこの曲に出会えなかったし、ほんともう一度何かに爆発させてやろうと決めました。

荒れた高校生活!

最初から高校へは行く気が無かったので、入学式は行かず町をふらついてさぼってたと思います。その高校は学生服ではなくブレザーだったのですが、最初はずっと学ランを来てました。カバンも決まったのがあったんですが、中学の時持っていたペッチャンコのカバンで行きました。

担任の先生も優しい先生だったんですが、僕が辞める気マンマンだったので少々態度が悪かったり暴れても見て見ぬ振りをしてました。そして毎日イライラ来てるので朝の遅い時間に電車に乗っていたらそれらしい奴らがメンチ切ってきます。この頃は肝っ玉が据わってたのでパンチパーマでも全然恐いと思いませんでした。大概勝てました。10回やったら8勝2敗ぐらいやったと思いますが、僕は相手の鼻や歯を何回か頭突きや殴って折りましたが、倒れた相手の頭や顔は攻撃しませんでした。

僕の場合喧嘩する時は先ず相手が武器を持ってないかを確認します。そして相手が大きかったり柔道でもやってそうだったらシャツ1枚になりました。組み付かれて倒されると思ったからです。その時の相手はほとんどが中卒のヘタレな兄ちゃんだったので組んでも余裕でしたし、ヒョロヒョロで体力も無さそうでしたので自慢にはなりませんでしたが。

喧嘩慣れしてくると、メンチで喧嘩になるなと思った瞬間大体勝てるかどうか分りましたし、その緊張感やスリルが面白かったですね。大声を張り上げる奴には絶対ビビリませんでしたし、声を張り上げる奴ほど小心者でわめきながら震えてる奴がほとんどです。僕は実際相手が大声でわめきちらし、周のギャラリーをビビらせててもニヤニヤ笑ってたそうです。勝てると思った相手には笑いながら余裕こいてました。

そして何といってもビビらない先手必勝です!速攻のジャブで鼻血出さすか、腹殴って頭突き入れるのが必勝パターンです。とにかく殴ったら相手が可哀想とか、殴られるとか一瞬でもちゅうちょしたら駄目です。もう喧嘩が始まってるんやから腹括って先手打てと思ってやってました。また、駆け引きが出来ないと正直速攻の先手は打てないでしょうし、喧嘩慣れしてない素人では上手く行きません。

武道の有段者を考えると最低ですが、基本喧嘩売ってくる奴は高校のチンピラみたいなヘタレですし、僕の体が小さいので殴っても許してくれるでしょうと勝手に思い込んでました。また喧嘩の根性が無い奴はいくら格闘技が強くても喧嘩は弱いのも事実です。格闘技を習うとそれが凶器になるので勝つとか負けるとか関係無く喧嘩しないのが一番です。僕のように喧嘩をする人間は格闘技をやる資格がありません。

負けた時は1回はデカイ奴でアカンと思ったので『すみませ〜ん』と言って逃げました。1回は2人掛りでボコボコにされて通行人に止めてもらいました。それぐらいで後は余裕で勝ったような気がします。その当時は必死やったかもしれませんし、また柔道部やラグビー部の体力のありそうな高校3年生ぐらいの人とはやってません。

肝っ玉が据わってると分ったら僕みたいな小さい人間にも喧嘩売って来ませんが、チビで大した事無いと思った奴はかかってきました。同じ高校の先輩にも喧嘩売った事がありましたが、チクられました。ある休み時間に堺でかなり喧嘩が強い寸止め空手の奴とやりましたが、何発か殴られて鼻血が噴出しましたが組み付いて足腰を蹴りまくって勝ちました。日拳やってたのは皆知っていましたが強さは正直疑ってました。しかしその1戦から皆の態度が変りましたね。世の中所詮実力、根性でしょうか。

1学期の前半ですが、喧嘩はするし勉強は教科書も持って行かない、遅れて行ったり保健室登校だったので、いくら高校でも義務教育では無いのでそろそろ担任が『どうすんねや?』と聞いて来ました。その先生は優しくて正直に言ってくれて、『学校からしたら新聞沙汰にならなければ少々態度が悪くても正直生徒は商売的にお客さんやし、辞められたら担任の俺がペナルティーを受けるけど、アカザワの場合はお前に任せる』と言ってくれました。先生も小さくてそんな悪そうな生徒でもないのに、喧嘩はするし、何をイライラ来てるのか分らずお手上げ状態です。当の本人もあまり分りませんでしたが・・・

いちを辞める決心をしましたが、一つぐらい思い出を残そうと思い、1学期に新入生全員で旅行に行くのですが、修学旅行ではないですが、それに行って辞めようと決めました。

中学卒業!

中学卒業する頃になると家庭がギスギスしているのとおやじのバカさ加減のストレス、高校行く気の無い変なイライラで思いっ切り何かに爆発したくなりました。タカシ連合の多くも就職や高校中退で翌年今工や西成高校に行く事になりますが、僕もとりあえず合格した私立に行くよう手続きしましたが、いつでも辞めれるよう同時に就職先、バイト先も探し始めました。

小学校卒業の時はあれだけ充実していましたが、中学ではかなりモヤモヤした状態で卒業する事なりました。卒業式では好きで無い子から第二ボタンをせがまれたので、ボタン取るの面倒なので友達のボタンを取ってそれをあげました。またその時好きな子がいたので卒業して速攻告白しましたが、またまた自分が好きな子にはあえなく惨敗しました。しかし今の彼と別れたらその時は連絡しても良いと含みは持たせてくれました。

卒業アルバムに一言載せるのですが、僕は根性とか努力だったと思いますが、その好きな子の言葉は何の言葉か分りませんでした。しかし後に高校で暴れ回っている時にその言葉を歌から知る事になります。

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