練習も限界までやりましたが、夜遊びも限界まで攻めましたね。限界まで体を追い込んで夜10時に家に帰って来ます。速攻飯食べて風呂入ります。そこからいろいろな連中の繋がりで女の子を求めて繰り出します。
生野番長連中の3人(山本、金田、佐藤)でよくドライブ行きましたが、その中でセイジがまたカッコイイんです。カーニバルプラザでセイジが目で挨拶するだけで一発で女の子ナンパしてました。もちろん女の子はセイジ目当てなので僕に回って来る事はほとんど無いですが。
族の頭にも何回か紹介してもらいましたが大した事無かったですね。何か逝ってる子が多かったです。次の日学校で『お前、族の頭やってたらもっと誰かおらんのか、バシッ』『赤ちゃん堪忍してえやぁ、今度はええ子紹介するから』
でも基本全くモテなかったのでほとんど野郎連中と計画ばかり立ててました(>_<)
よく峠にも行きましたね。六甲、阪奈。当時走り屋が一番多かった時代だと思います。好きな車はハチロク、シビック,CR―X、KP−61、TE―71。バイクはNSR50、原チャリ。
特に阪奈なんか下りオンリーなので50ccリミッター解除で十分ですね。2車線で道幅も広くバカが沢山いました。中学の近所の友達が阪奈でかなり有名やったみたいで、いろいろとテクニックを教えてもらいましたが、基本バイクはこけたら全身打撲なので怖かったです。その連れも腕がケロイドみたいになってました。
高2の時はバイトの先輩からCBR400Fを売ってもらいましたが、ツーリング中心にしました。スピード出すと危ないですから、僕はいつも安全運転でした。まだ車の方がスピードとかいろいろと運転の練習しました。
特に阪神高速環状線は当たり前ですが自動車専用道路なので、環状線をぐるぐる回ると運転も早く上達します。大してスピードは出しませんが念の為ナンバープレートはガムテープで隠していましたが。友達はプレート隠しながらオービスのカメラにわざと映り、映る瞬間彼女とピースしてました(^^)vほんまアホです。
それでもある時、環状走り終わり天王寺出口で下りた瞬間、前にシビックが割込んで来て下りて来ました。何を言いたいのか分からんけど喧嘩売る相手が悪いわ。速攻ボコボコにして帰りましたが、時代遅れのヤンキーはやめてほしいです。たまにしょうもない奴がいるのも確かですね。
運転では関西の走り屋は人にもよりますけど、どちらかと言うと突っ込み派が多いような気がします。ドリフトのテールスライド走行より少しでも早くタイムを競い合うグリップ走行が中心ですね。関東は逆にドリフト走行が主流みたいですけど。僕はドリフトが好きなのでよく誰もいない山の砂利道で練習していました。
いろいろと遊んで3時か4時頃家に帰って来て寝ます。そこから9時頃まで寝て、学校に遅刻して行きます。でも高校の時ってどれだけ疲れてても1時間授業で寝たら回復するから若いって恐ろしいですね。
ちなみに卒業する時、今までの遅刻届けを全部もらいました。それをおかんと見ながら爆笑しました。遅刻の理由が最高です。鼻血が出たとか自転車がパンクしたとかチエンが外れたとか、アホな理由で今見ても大笑い出来ます。
やりたい放題の高校生活ですが、次回からは小学校や中学校時代も書いて行きたいと思います。
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