高山さんに弟子入りしたぐらいの時に、番長タカシはライバル天下茶屋中学の番長同士喧嘩する事になります。実力ではタカシの方がはるかに強いと思っていましたが、この頃はタカシ自身、もう喧嘩だ番長だとかいい加減ウンザリしていたように思います。
猫キャラのなめんなよ、横浜銀蝿、ヤンキーや硬派からスケボーや波乗り、歌もサザンやユーミンに変って行きました。タカシの兄硬派な精志君は弟タカシの番長グループが波乗りやスケボー、彼女とラブラブな付き合いとか嫌っていました。僕も2回ほど先輩に連れて行ってもらいましたが、波乗りとかほんと理屈抜きに楽しいんですよね。普通誰でもハマると思います。そしてタカシ連合は夏休みになると泊り込みで海の家でバイトしながら波乗りしていました。彼女もいたと思います。
ブレイクダンスが入って来たのもこの頃だったのではないでしょうか!?もちろん番長グループはチームを組んで始めるし結構上手い子も何人か居たと思います。僕もこそっと誰も見ていないところでやったりもしました。これだけ次々に楽しい事が入ってくると、もう硬派に戻れないかもしれませんね。
そして1年の秋に天下茶屋の番長と喧嘩にする事になり聖天山公園に向かいました。一対一の喧嘩なので僕達は公園には入りませんでしたが、何故か相手はギャラリーが30人ぐらい公園の中にいました。それでもタカシは行きましたので根性あるなと思いましたが、いざ喧嘩が始まると相手の30人が2人を囲みました。
この頃、皆遊ぶ仲間が違ってきたとはいえ、僕達悪グループは仲間意識がとても強いのですが、何故僕達が相手の仲間が30人もいるのにこっちは誰も行かなかったのか記憶にありませんが、勝負も呆気無かったです。タカシが足を滑らせてこけたら相手のギャラリーの何人かが蹴るような真似をしながら全員でタカシを追詰めました。その瞬間タカシがアカンと思ったのか『まいった』と言って帰って来ました。
しかし僕にはタカシ自身、もうこのような隣の番長同士の喧嘩も終わりにしたくて逆に生々してるようにも見えました。その直後、一部始終を聞いた兄精志君が相手の人数に怒ってホウキ1本持って30人の中に一人で殴り込みに行きましたが、相手も精志君の強さを知っているので誰一人向かってこずに逃げ去りました。やっぱり精志君は凄いなと思いましたが、僕達の学年はどっちもどっちというより何か拍子抜けで幕を閉じました。
今同窓会でその話題になったら、タカシが謝った、謝って無い、次の日精志君が一人で相手の中学に乗り込んだとかいろいろ意見が分かれているようです。僕は今回の一件でもうヤンキーの時代でも無いんだなと思いましたのでより一層日拳に命を掛けれそうだなと思いました。
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